教会に通い始めた頃のことでした。職場の先輩が心配して忠告してくれました。先輩が面識のあった方でキリスト者になった方がいたそうです。家族のなかで、その方だけがキリスト者であったそうです。はたして、その方が亡くなったとき、葬儀もお墓もお寺さんだったとのことでした。
わたしは家族がキリスト者になっており、実家の弟家族もキリスト者になりましたので、これは仮定の話しですが、自分が亡くなった後で葬儀が仏式で為されたとしても、そのことを気にする者ではありません。
そもそも、わたしたちが主と仰いでいるキリストは、ローマ帝国の処刑方法で亡くなりましたが、神はキリストを黄泉から復活させられたのです。わたしたちは、そのことに希望を抱いているのです。
「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。」とイエス様は教えてくださいました。わたしに忠告をしてくれた先輩は、心から心配して忠告をしてくれたのですが、わたしが、その忠告のほうを大切にしていたとしたら、わたしはキリストの弟子にはなれなかったでしょう。
長島慎二