「最初のしるし」
2008年12月28日
仙台教会主日礼拝奨励 長島慎二
キリストは降誕後、およそ30年して、ようやくその公生涯を始められました。救い主としてのその最初のしるしは、ガリラヤのカナで示されました。イエス様の母マリアや弟子たちも参列した極めて私的な婚礼の場でそのしるしが示されたのです。このことは第一にわたしたちの励ましになります。少人数の仲間内や家族の食卓に共に加わって、恵みの業をお示しになる方であるということです。また、わたしたち自身が、家族として、あるいは弟子として、そのみ業の証人となることができるということです。わたしたちが不特定多数の一人としてではなく、イエス様に近いものとして自らの人生を振り返ることができるのです。
それにしても、マリアとイエス様の会話はなんと不思議な会話でしょうか。ある解説書では、母マリアは、イエス様にぶどう酒の手配を依頼したのではとありました。わたしは、むしろ、しるしを促したのではないかと思います。「しかし、母は召し使いたちに、『この人が何か言いつけたら、その通りにしてください』と言った。」とあるからです。母マリアこそは、受胎告知以来、身をもって神のご計画を体験してきた方です。結婚前に子を宿したことは、紛れもない事実であったからです。それ以来、30年に渡ってイエス様を育ててきました。おそらくは、その体験の中で、わが子の神性を確信し、その公生涯を始められるときを覚悟をもって待っていたのに違いありません。当時の寿命を考えれば30歳という年齢は、何かを始めるのには決して若くはなかったでしょう。母マリアにしてみれば、一体何時になったら、息子は公生涯を始めるのだろうと考えていたのではないでしょうか。
解説書では、イエス様の少し冷淡な受け答えは、イエス様のみ業が神様の御心に出発点を持つものであることを表すものであるとあります。とはいえ、イエス様御自身も、おそらくはヨセフが既に亡くなっていたと推測される状況で、母マリアのことを心配なさっていたと思います。そのようなときに、母マリアはイエス様を後押ししたのではないでしょうか。
さて、こうして示された最初のしるしは、水がめの水をぶどう酒に変えることでした。水がめの水はユダヤ教の清めの水でした。その水がめに一杯に満たした水がぶどう酒に変わりました。福音がもたらされたしるしでありました。ところで、召し使いたちが、その水がめに水を入れるとき、縁まで一杯に入れたとあります。わたしは、これは神との闘いであると思います。わたしは神を信じてより闘いを続けてきました、信仰生活とはそういうものです。そして、その闘いは、この世との闘いであるようで、実は神との闘いであるように思います。神の御心から目をそむけないでいなければならないからです。イスラエルの族長であるヤコブがペヌエルで格闘した際に、「わたしは顔と顔とを合わせて神を見た」と言っているのは、まさしくヤコブが信仰に生きた人であったということだと思います。
わたしたちも、命一杯、闘っていきたいものです。神様の命令であれば水がめの縁まで水を入れたいのです。そのことこそ、自らの十字架を負ってキリストに従うことであると思うからです。アーメン